輝く女性たち

小池 真路子さん / 真未来塾 代表

 

 浦上天主堂、原爆資料館、平和公園など、観光地が多く点在する地域で、小・中・高校生を対象に学習塾を開校しています。 

【断たれた夢への道、支えてくれた人たちへの御恩】

 私の家庭は母子家庭で、母1人で、兄、私、妹の3人を育ててくれました。

 公立高校に進学した私は、授業料免除と奨学金を受給しながら、弁護士になる夢を叶えるため、必死に勉強しました。

 しかし、認知症の祖母の介護をするため母が離職すると、その日食べるものにさえ困窮するようになり、兄が大学進学をあきらめ働き始めました。

 学校で必要な参考書代や合宿費を、先生方が代わりに払ってくださったこともあります。

 周囲のみなさんのおかげで勉強ができる。ますます、勉強に励むようになりました。

 しかし、法学部のある県外の大学への進学は経済的に難しく、長崎大学へ進学。大学でも授業料免除と奨学金を受給し、生活費の足しになればと毎日アルバイトへ向かいました。

 大学も4年生になると、当然ですが、誰もが就職活動を開始します。

 しかし、就職活動に必要なものをそろえることができなかった私は、大学院への進学を決意します。

 そして、それもまた経済的な理由で叶うことはありませんでした。

 大学卒業とともに無職となることなど考えてもいなかった私を救ってくださったのは、大学の先生方でした。

 1年間、研究室でアルバイトや授業アシスタントをさせてもらいながら、夜は塾講師のアルバイトを続けました。

 

 

 

小池 真路子さん

授業風景

 

【自宅の6畳間からスタート】

 そのような生活を続けていたある日、地域の方から、子どもの勉強を見てくれないかと声をかけていただき、自宅の6畳間に机を1つだけ置いて勉強を教え始めました。

 地域の方々のご協力で生徒も少しずつ増え、半年後には近くに小さな教室を借りて、小さな学習塾をスタート。

 経営の知識などゼロでしたが、母の助けを借りながら、精一杯取り組みました。

【自信をなくし、廃業】

 塾を始めて5年目のこと、学習障害のあるお子さんが入塾してきました。

 教科書の文字がノートに写せない、円を描くとうずまき模様になる、定規を使って直線を引くことができない。

 学習障害のお子さんを担当するのは初めてでしたが、1つでもできるようになってほしいと、専門書を読んでは実行してみる日々を過ごしました。

 その後、ADHDやアスペルガー、不登校のお子さんを受け入れていく一方で、中高大学受験指導へも力を入れていく中に、だんだんと「私の指導は子どもたちの役に立っているのだろうか」と、自分自身の指導法に自信が持てなくなっていきました。

 ちょうどその頃、経営方針について母と衝突することも多くなり、すべてに行き詰まりを感じ始めた頃、原因不明のアレルギーを全身に発症。

 心身のバランスを崩した私は、8年間続けた学習塾を閉めることになりました。30歳になっていました。

ミーティング

学びを持って、未来へ働く。真未来塾

【再び立ち上がる】

 塾を閉めるということは、途中で責任を放り投げるということ。

 ますます、自分自身を追い詰めた私は「もう2度と教えることはない」と心に決めました。

 それから3年が過ぎた頃、転機が訪れます。

 小中高と塾に通ってくださっていた生徒さんのお母さまが、「先生、もう一度、子どもたちのために立ち上がりましょう。私たちも応援しますから」と、突然自宅までいらっしゃったのです。

 私は、それはもうできませんとお断りしましたが、その後もそのお母さまは、何度も何度も説得にいらっしゃいました。

 どうしたものかと困り果てていると、その頃ガンを患っていた母が「誰かのお役に立てることがあるのなら、有難く役に立たせていただきなさい」と背中を押してくれました。

 そして私は、「どんなにつらく、苦しいことがあろうとも、今度こそは、最後まで子どもたちのためにやりきる」と再び立ち上がることを決心し、2011年9月【真未来塾】を設立したのです。

【教育とは未来を生きる希望である】

 2017年には「子どもたちの未来を明るく照らす」をコンセプトに設計した新教室へ移転しました。

 そして、子どもたちと一緒に、日々の勉強だけでなく、商店街でのまちゼミ開催や夏祭りへの出店など地域行事へ参加したり、プレゼンテーション大会や英語スピーチコンテスト、国際フォーラムなどへ挑戦したりと、教室内外であらゆる活動に取り組んでいます。

 机の上の勉強も大切ですが、「人を喜ばせる」「人の役に立つ」ために何ができるかを真剣に考え、実際に行動に移す中で得られる経験は、必ず子どもたちの「生きる力」につながると信じています。

 人生には、予期しなかった試練や困難が次々と起こります。

 目標に向かって努力している途中で、病気や怪我、家庭の事情、友人関係などで思うように物事が進まず、目標が達成できないこともあるでしょう。

 「どうして私だけがこんな目にあわなければならないんだ!」と、受け入れることができないこともあるかもしれません。

 

 

 

がんばりました

 しかし、私は、子どもたちに自信を持って伝えることができます。

 今はつらく、悲しい経験であったとしても、それは、あなたにしかできない経験であり、あなたという人間をつくり上げるために必要な要素であり、将来、決して誰からも奪われることのない財産となります。

 だから、努力を続けてください。学ぶことをあきらめないでください。

 それこそが、未来を生きる希望となり、あなたをずっと支えてくれる力となるのです。

 これまで私にたくさんの手を差し伸べてくださった多くの方たちの思いを決して忘れることなく、私自身も子どもたちの夢実現の力となれるよう、今後も子どもたちと真剣に向き合っていきたいと思っています。

(更新 平成30年8月) 

ライフ年表

23歳 自宅近くの教室を借り、学習塾を始める
30歳 自身の指導力に疑問を感じ、塾を閉める
33歳 【真未来塾】設立
37歳 長崎県子育て条例推進協議会委員
39歳 現在地に移転

  • 現在の仕事(活動)を始めるきっかけ又はやりがい
  • 私にとって塾講師という仕事は、「子どもたちの夢を、自分の夢として実現する」こと。
    塾生のほとんどが小・中・高校と継続して通塾しますから、私たちの役割は大変大きいものです。
    志望校合格はもちろん、各種イベントやコンクールへも積極的に挑戦します。
    その中で子どもたちが夢を持ち、夢を語り、夢を実現していく姿を見られることは、大きな喜びであり、最高に幸せです。
    ですから、塾講師はやめられません!

  • 仕事(活動)と家庭の両立で工夫していること
  • 仕事と家庭を両立しなければと強く思い、それができないと自分を責めて落ち込んで体調を崩すこともありました。
    そんな時「2人だと半分の時間で終わる。3人だと3分の1の時間で終わるよ!」と家族が手伝ってくれて、素直に「ありがとう」とお願いすることを覚えました。そして、今では、すべてをお願いすることも・・・!
    家族の助けなしに、仕事を続けることはできませんね。

  • プライベート(休日)の過ごし方
  • 子どもたちと集まって、コンテストやイベント参加の計画を立てたり、その準備をしたり、取材活動に出かけたりします。
    これは仕事ではなく、学生時代の部活動的感覚ですので、楽しくて仕方がありません。
    その他は、漫画を何十巻と読破したり、アニメを1シーズン(30話くらい)見たり、オンライン上の戦闘ゲームやTVゲームに夢中になったりと、完全にインドア派な1日を過ごしています。家事も少しします。

  • 座右の銘(好きな言葉)
  • 「真実一路」

    私の名前の由来になった言葉です。「真実一路の子」で「真路子」なのですが、初対面で「まみこ」と読んでいただけたことはありません。
    名前の通り、真の心で、ただまっすぐに、ひたむきに、子どもたちと日々向き合いたいと思っています。

  • これからしたいこと(今後の目標)
  • 今後の目標は「可能性に挑戦できるきっかけになる」ことです。
    私は経済的理由で多くの夢をあきらめてきました。
    そこで、私のような子どもたちのために奨学金をつくりたいと考えています。
    また、経済的な問題ではなく、「挑戦する勇気がない」「挑戦の仕方がわからない」という理由で夢をあきらめる子、そもそも夢がない子のために、道を示せるような活動をしたいとも考えています。

  • 後輩女性へのメッセージ
  • 私はいつも周囲と自分自身を比べては「自分には何もない」と落ち込んだり、「誰からも求められていない」と自信をなくしたりしていました。
    しかし「自分にないのであれば、それがある人にお願いすればいい」と考えを変えてからは、とても楽になりました。
    自分の気持ちとうまくつきあって、長く続けることが大切だと思います。